将棋の戦法を学ぼう(6)令和の急戦矢倉
今回は趣向を変えて、令和型の矢倉について見ていきます。AIを用いた研究は矢倉の分野にも浸透してきて、現代では相手の飛車先の歩交換を防ぐために▲7七銀と上がるというような常識すらも疑われています。
■新時代の矢倉
今回は矢倉の定跡について学びます。2015年ごろまでの矢倉といえば、参考図のようにおたがいに角道を止めてしっかり矢倉囲いを作り、組みあがってから勝負!という構図が主流でした。「相矢倉」という言葉がしばしば使われたように、囲いに入城しあうことは両者の暗黙の了解だったわけですね。
【参考図は△2四銀まで】
この時代の矢倉の特徴として大きく2つの点が挙げられます。まずは①相手の飛車先の歩交換を防ぐために△8五歩に対して▲7七銀、▲2五歩に対して△3三銀がセットであること、そして②先手が先攻し、後手はその攻めをいかに受け止め反撃に繰り出すかという構図が多かったことです。
AIの台頭もありこれらの常識が覆りました。上記の特徴をそのまま裏返し、△8五歩と突かれても▲7七銀と上がらない、また後手番であっても先攻を含みに指すといった指し方が新しいわけです。
今回は後手番側の目線に立って新たな時代の矢倉を体験していただければと思います。
【初手からの指し手】※便宜上先後逆
△3四歩 ▲2六歩 △4二銀 ▲7六歩
△3三銀 ▲4八銀 △3二金 ▲3六歩 (第1図)
【第1図は▲3六歩まで】
相居飛車ということで序盤早々から細かい手の駆け引きはありますが、覚える必要はありませんのでざっくりとした手の流れを感じてください。
第1図の▲3六歩が急戦に重きを置いた手で、本譜に見られるような▲3七桂~▲4五桂の速攻のほか、中住まいに組んでの戦い、そして矢倉中飛車への転戦など幅広い戦い方を含みにしています。▲6八銀と上がる手を後回しにして攻めに手をかけている、くらいに理解しておいていただければと思います。
【第1図からの指し手】
△8四歩 ▲4六歩 △8五歩 ▲7八金 (第2図)
【第2図は▲7八金まで】
▲7八金と上がった局面では▲6八銀を後回しにしたことで△8六歩からの歩交換を後手に権利として与えてしまっています。平成の時代であればこれは損でしかないという価値観が主流でしたが、相手が飛車先の歩交換に1手かけてくれているという点に注目すると損ばかりとは限りません。第2図から△8六歩▲同歩△同飛も一局の将棋ではあるのですが、一例として以下▲2五歩△7六飛▲6六角△8六飛▲8八銀△8二飛▲7七桂△6二銀▲8四歩(参考図)のように軽く指し、次の▲3三角成△同角▲8三銀を狙うような調子もあって先手も指しやすいでしょう。
この横歩取りの変化も奥が深いので、機会があれば紹介したいと思います。
【参考図は▲8四歩まで】
【第2図からの指し手】
△6二銀 ▲3七桂 △5四歩 ▲2五歩
△4一玉 (第3図)
【第3図は△4一玉まで】
着々と攻撃準備を進めます。後手も自然に指しているようですが、専門的に見るとやや素直すぎる印象で、ここは△3一角~△4二角を急ぐことで2四の地点を補強しておくべきでした。本譜はここから先手の攻勢が始まります。
読み進める前に、ここからの展開をすこし予想してみてください。
【第3図からの指し手】
▲4五桂 △4二銀 ▲2二角成
△同 金 ▲7七角 △4四角 ▲2四歩
△同 歩 ▲同 飛 (第4図)
【第4図は▲2四同飛まで】
軽快に桂を跳ね出したのが注目の一手。「桂の高跳び歩の餌食」と言われるだけに将来の桂損が心配ですが、スキありと見れば躊躇なく踏み込むのが速攻重視の現代的な指し回しです。
注意点としては、先手陣が4八銀型であることは大切です。3八銀型だと▲2四同飛と走った瞬間に△1五角(参考図)の王手飛車取りの筋が生じます。なお、手順中の▲6六角は打っても打たなくてもさほど変わりません。
【参考図は△1五角まで】
第4図で△2三歩と打たれたときに、▲3四飛と横歩を取る手は果たして成立するでしょうか?
【第4図からの指し手】
△2三歩 ▲3四飛 △3三桂 ▲4四飛
△同 歩 ▲同 角 (第5図)
【第5図は▲4四同角まで】
結果として、横歩取りは成立していました。ただしその後、飛車が無事に生還する保証はありません(笑)。攻めがつながると見れば飛車角交換の駒損を決行し、そのまま攻め倒してしまうことも辞さないのが方針です。そういった意味では現代定跡はすこし上級者向けかもしれません。
さて先手陣は居玉なのですが、金銀のまとまりがよく飛車の打ち込みに案外強い陣形であることに気づきます。具体的には、▲6八玉の一手が入っていると△2九飛が金取りになるなどのデメリットがあるところでした。
第5図からどうやって優勢の拡大するかについても考えてみましょう。
【第5図からの指し手】
△3二玉 ▲3三桂成 △同 金 ▲7七角(第6図)
【第6図は▲7七角まで】
優勢なときの決め方はいろいろとありますが、ここでは急がないのが大切。後手は手番をもらっても△2九飛~△1九飛成くらいの攻めしかありませんし、反面受けに回るにしても持ち歩がないので有効手がありません。
手順中の△3三同金に対しては勢いに乗って▲同角成△同銀▲4五桂もありそうですが、これには△4二銀(参考図)が自然な受け。3筋に歩が立つ場合は▲3四歩や▲3三歩で攻めが続くのですが、この場合は歩が立たないため角金桂の3枚の攻めになってしまっています。(「4枚の攻めは切れない」の格言を思い出すこと)。
【参考図は△4二銀まで】
【第6図からの指し手】
△2九飛 ▲4五桂 △5五桂 ▲同 角
△同 歩 ▲6五角 (結果図)
【結果図は▲6五角まで】
後手は待望の△2九飛を打ってきますが、最後は王手飛車取りをかけて勝負あり。最後まで角が主役の速攻劇となりました。
後手としては▲4五桂の金取りに△4三金と逃げると▲1一角成で4枚の攻めを実現されるのが厳しく、第6図の時点ですでに先手優勢だった、というからくりでした。
チャンスと見れば居玉のままで踏み込む最新の矢倉戦を実戦でも試してみてくださいね!
■まとめ
・平成矢倉の特徴は囲い合い、先手が攻勢を取りやすい
・令和矢倉はチャンスと見れば後手から速攻することも
・▲6八銀は後回し(△8五歩に対する▲7七銀は絶対手ではない)
・桂の高跳びを恐れない
・飛車を切って角で攻める
・飛車を渡す変化においては居玉も悪くない
■参考棋譜 ※便宜上先後逆
△3四歩 ▲2六歩 △4二銀 ▲7六歩
△3三銀 ▲4八銀 △3二金 ▲3六歩
△8四歩 ▲4六歩 △8五歩 ▲7八金
△6二銀 ▲3七桂 △5四歩 ▲2五歩
△4一玉 ▲4五桂 △4二銀 ▲2二角成
△同 金 ▲7七角 △4四角 ▲2四歩
△同 歩 ▲同 飛 △2三歩 ▲3四飛
△3三桂 ▲4四飛 △同 歩 ▲同 角
△3二玉 ▲3三桂成 △同 金 ▲7七角
△2九飛 ▲4五桂 △5五桂 ▲同 角
△同 歩 ▲6五角
執筆者
水留啓(みずとめ けい) 将棋ライター・将棋講師(アマチュア四段)
日本将棋連盟コラム(2019年)、将棋情報局ヤフーニュース(2022年~)を担当。
ねこまど将棋教室にて子供から大人、初心者から有段者まで幅広く指導を継続(2017年~)するほか、専門書の執筆などにも活躍。「プロの実戦に学ぶ美濃囲いの理論」「『次の一手』で覚える実戦手筋432」(構成担当)ほか。