将棋の戦法を学ぼう(7)藤井システム
今回は四間飛車における花形戦法のひとつ、藤井システムを見ていこう。90年代を代表する画期的な新作戦によって四間飛車対居飛車穴熊の戦いはいっそう進化することになった。
■新時代の四間飛車
今回は四間飛車の中でも藤井システムと呼ばれる作戦を紹介します。藤井システムは四間飛車党として知られる藤井猛九段が1990年代に積極的に研究し、1996年度の将棋大賞で升田幸三賞を受賞した当時の新戦法です。
当初は天守閣美濃(参考図)を攻略するための作戦として興った藤井システムですが、その後は居飛車穴熊対策としてその第二弾が発展。1995年に指された代表的な一局(B級2組順位戦、井上慶太六段戦)によって一気に有名になりました。いまでも単に藤井システムという場合は対居飛車穴熊の作戦のことを指すことが多いようです。
【参考図は天守閣美濃】
藤井システムの最大の特徴はズバリ「玉を囲わないこと」。美濃囲いの構えを作っておいてその中に玉を囲わず、居玉のままで戦う斬新さが人気を呼びました。
また、早い段階で四間飛車側から戦いを起こすことで居飛車側に自由に穴熊に組ませないという風潮を生みだしたのも画期的な点。昭和の時代において振り飛車は「自分から攻めないもの」、「後手番でのんびり指すもの」といった流れがあったのとは対照的な作戦となりました。
藤井システムはシステムと呼ばれるだけあって非常に入り組んだ体系を持っているのですが、今回はその基本的な狙いに絞って要点をお伝えしてみます。
【初手からの指し手】
▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △8四歩
▲6八飛 △6二銀 ▲7八銀 △4二玉
▲3八銀 △3二玉 ▲1六歩 △5四歩
▲1五歩 (第1図)
【第1図は▲1五歩まで】
出だしこそ自然ですが、この段階で気づくことが2つあります。まずは▲4八玉に代えて▲3八銀と上がる手を優先していること。続いて、▲1六歩~▲1五歩と玉側の端歩を突くのを急いでいる点です。
玉側の端歩を重視するのはのちに端攻めをする含みがあるから。当時は穴熊に組む際は居飛車側は△1四歩と突かないほうがよいという感覚が優勢でした。
【第1図からの指し手】
△8五歩 ▲7七角 △5二金右
▲5八金左 △5三銀 ▲6七銀 △3三角
▲3六歩 △2二玉 ▲3七桂 △4四歩
▲4六歩 (第2図)
【第2図は▲4六歩まで】
▲3七桂と跳ねるのは▲4五桂の角銀両取りを見せることで後手に△4四歩を強要したもの。相手に角筋を止めさせることで自分の角道を開けやすくなるほか、将来▲4五歩と歩がぶつかるきっかけにもなり戦いを起こしたい(≒争点を作りたい)振り飛車側としては損のない一手になります。
ここでも先手はまだ玉を動かしていません。「居玉は避けよ」は将棋の基本的な格言の一つですが、果たして大丈夫なのでしょうか。
【第2図からの指し手】
△1二香 ▲6五歩 △1一玉
▲4五歩 (第3図)
【第3図は▲4五歩まで】
何も知らない後手はのんびり△1二香と上がって穴熊を目指してきました。この瞬間、藤井システムが牙をむきます。▲4五歩と歩を突っかけるのが気づきづらい開戦方法。この手に代えては▲6六銀と上がって▲7五銀から棒銀を目指すのも立派な作戦ですが、△7四歩(参考図)と突かれて銀の進出を止められるとすぐの攻略は難しいようです。やはり、急戦では角が主役になるのですね。
【参考図は△7四歩まで】
【第3図からの指し手】
△4五同歩 ▲3三角成 △同 桂
▲3五歩 △同 歩 (第4図)
【第4図は△3五同歩まで】
徐々に先手の狙いが明らかになってきました。無理やり角交換をしてしまえば後手は桂を跳ねるよりなく、さっそく穴熊の形が乱れます。
立て続けに3筋の歩を突き捨てた局面は桂頭攻めの狙いがはっきり見えてきました。▲3四歩と打てれば後手陣を崩壊に追い込めそうですが、歩を取る手段はどこにあるでしょうか…。
【第4図からの指し手】
▲1四歩 △同 歩 ▲同 香 △同 香
▲3四歩 (第5図)
【第5図は▲3四歩まで】
貴重な一歩は1筋に落ちていました。歩を取るために香を失ったのは損のように思えますが、その歩で桂を取り返せるのが確定していること、また香を上ずらせたことで後手の玉頭が弱体化していることから、相互的に見てこの交換はかなり四間飛車側が得していると判断することができます。
ぜひ注目いただきたいのが、この時点での先手玉の位置取り。香を捨てた段階で先手玉が美濃の定位置である2八にいたらどうなるでしょうか…?(仮想図)
【仮想図は△1四同香まで】
急に先手玉がピンチに思えてきましたね。具体的には次の△1七角や△3六歩が怖くてしょうがありません。こうなることも見越して、居玉の方が安全というのが藤井九段の卓越した戦術眼だったというわけですね。
玉を囲い切らないままで戦うことで穴熊に対して端攻めがしやすいという構図は三間飛車におけるトマホーク戦法(参考図)など、現代にも生きている思想です。
【参考図は三間飛車トマホーク】
第5図の時点ですでに先手優勢は明らかですが、もうすこしはっきりするまで進めてみましょう。
【第5図からの指し手】
△2二銀 ▲3三歩成 △同 銀
▲4五桂 △2二銀 ▲5三桂成 △同 金
▲7一角 △5二飛 ▲4四銀 △同 金
▲同角成 (第6図)
【第6図は▲4四同角成まで】
桂による両取りや角を打っての飛車金取りなど、気持ち良い手筋が続いて攻めが展開されます。第6図までの手順はあくまで一例ですが、こうなると次の▲1三歩(詰めろ)や▲3四桂が受けづらく、すでに先手勝勢と言ってよいでしょう。先手陣も△4六桂の両取りなどもあり無傷ではありませんが、6八の飛車を守り駒と見立ててしまえば逆転の見込みはありません。さらに、△1五角の王手にも▲6九玉とこちらに逃げて安泰です。
ここまで見てきたように、居飛車側が無策に穴熊に組みにいくと危険なことがわかりました。具体的には△1一玉と玉が穴に潜った瞬間(途中図)に離れ駒が多い点が危険だったわけです。
【途中図は△1一玉まで】
ここに注目して、居飛車側は△1二香~△1一玉に代えて△4三金~△3二金(参考図)を優先する駒組みが開発されることになったのですが、それに関しては回を改めて紹介したいと思います。
【参考図は△3二金まで】
■まとめ
・藤井システムは藤井猛九段が1990年代に開発した新戦法で、順に天守閣美濃→居飛車穴熊が対象
・先攻を目指しながら居飛車穴熊に組ませないことを重視
・居玉と端攻めが合言葉
・角筋が主役の攻め
・右桂と右香は捨てることも多いので居玉の方が安全
■定跡手順(初手から)
▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △8四歩
▲6八飛 △6二銀 ▲7八銀 △4二玉
▲3八銀 △3二玉 ▲1六歩 △5四歩
▲1五歩 △8五歩 ▲7七角 △5二金右
▲5八金左 △5三銀 ▲6七銀 △3三角
▲3六歩 △2二玉 ▲3七桂 △4四歩
▲4六歩 △1二香 ▲6五歩 △1一玉
▲4五歩 △同 歩 ▲3三角成 △同 桂
▲3五歩 △同 歩 ▲1四歩 △同 歩
▲同 香 △同 香 ▲3四歩 △2二銀
▲3三歩成 △同 銀 ▲4五桂 △2二銀
▲5三桂成 △同 金 ▲7一角 △5二飛
▲4四銀 △同 金 ▲同角成
執筆者
水留啓(みずとめ けい) 将棋ライター・将棋講師(アマチュア四段)
日本将棋連盟コラム(2019年)、将棋情報局ヤフーニュース(2022年~)を担当。
ねこまど将棋教室にて子供から大人、初心者から有段者まで幅広く指導を継続(2017年~)するほか、専門書の執筆などにも活躍。「プロの実戦に学ぶ美濃囲いの理論」「『次の一手』で覚える実戦手筋432」(構成担当)ほか。